奈良だけ割引?!

2018/11/13

 地域別診療報酬が最近話題になりました。
 今年4月、財務相の諮問機関、財政制度等審議会の分科会において、同省の役人が「後期高齢者の医療費窓口負担の引き上げ」「受診時定額負担の導入」など、おなじみの社会保障費抑制案を淡々と並べていく中で、「地域ごとの診療報酬の定め」に触れました。高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)の第14条には地域別に診療報酬を設定できる旨が明記されているのに、2008年の法施行以来、実施例がないというのが言い分のようです。
 これに布石を打っていたのが奈良県でした。直前の3月末、奈良県知事は記者会見で、県の定める医療費抑制目標が達成できない場合の対応に関して、「(国民健康)保険料を上げるのか、診療報酬を下げるのか。その折衷案かもしれないが、保険料を抑制する方向でやりたい」と語った上で、「個別診療の点数を下げる器用なことはできない」とも発言、一律引き下げを念頭に置いたものとなりました。
 なぜ奈良県なのか、財務省犯人説との見方があります。奈良県副知事が財務省からの出向組であることが出所のようです。95年に大蔵省(現財務省)に入省し、主計局で厚生労働担当の主査を務めるなど、国の社会保障予算全体に目を光らせていました。15年7月に奈良県地域振興部長となり、16年6月から総務部長、17年7月からは副知事を務めているとのこと。財務省は3年前から“刺客”を送り込んでレールを敷いていたのでしょうか。
 仮に奈良県が地域別診療報酬の活用で「1点9円」に設定した場合、薬剤費や人件費を抱える医療機関の収入が1割減るわけですから、経営はたちまち立ち行かなくなり、県内の医療機関はやがてなくなるでしょう。地域の医療従事者の偏在も加速し、医療の質の低下は免れません。調剤薬局も他府県と比べて1割引で納入されないと薬を出すほど赤字になるので、そこでは経営を続けられません。全国チェーンの調剤薬局なら、1割安く薬を納入できる奈良県で大量に仕入れて、他府県で使えば薬価差で1割は余計に儲かると揶揄する向きもあります。さらに、こちらは1点10円でなく9円あちらは8円と広がれば、全国一律で診療報酬を決めている意味も失われてしまうのです。
 国や都道府県は、病気の予防や健康増進に背を向け、目の前の医療費削減だけに奔走すべきではないのです。
 地域別診療報酬導入には高いハードルも待ち受けています。都道府県が独自の診療報酬を設けたいと考えた場合、まず医師会なども加わった保険者協議会での議論が必要となります。その上で国に意見書を提出することになりますが、当該都道府県の意見は中央社会保険医療協議会(中医協)で審議されその答申を受けて、最終的に検討するのは厚労省です。日本医師会は中医協に有力メンバーとして役員を充てていますが、都道府県医師会も保険者協議会への積極的な参加が求められるのです。
 財務省の思惑どおり、奈良県が蟻の一穴となるのか。それとも、日本医師会などの反対で話自体が潰れるのか。反対の声が強まれば強まるほど耳目を集め、全国的に議論が喚起されているようにも感じます。今回は打ち上げ花火だとしても、財務省のいつもの手法である「中長期的に関係者の諦めを誘う」戦略だとの見方もあります。
 どちらに転んでも、財務省が利となるシナリオの序章なのでしょうか。

神戸市 M